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透き通った姿、口に広がる甘みに大感激! 呼子名物「イカの活き造り」の誕生秘話

「イカの活き造り」発祥の店を訪ねて

「えっ、イカの刺身ってこんなに透明なの!?」。イカの刺身は白いものと思っていた人にとって、ここで出会うイカの姿とおいしさはまさに衝撃的です。
佐賀県の最北部、玄界灘に突き出した半島にある呼子(よぶこ)は、昔から漁業が盛んな港町。中でも「イカの町」として全国的にその名を馳せ、とびきり新鮮で透き通った「イカの活き造り」を目当てに、年間90万人もの観光客が押し寄せます。

呼子のイカの活き造りは、驚くほど透明度が高い

呼子名物・イカの活き造りは、どうやって生まれたのでしょうか。1969年にオープンし、イカの活き造り発祥の店として知られる「お魚処 玄海」を訪ねました。大らかな笑顔で迎えてくれたのは、活魚の配送と飲食店事業を軸とする「玄海活魚」の2代目社長・古賀和裕さんです。

古賀さんは呼子で育ち、福岡の大学に進学後、ミュージシャンになるという夢を抱いて2年限定で上京。23歳で帰郷して、父の会社で働き始めた。

誰も注目していなかったイカを名物に

古賀さんによると「呼子ではもともとタイやヒラメなどの一本釣りが盛んで、高価な魚の活き造りを飲食店で出していた」そう。一方、イカは地元で見向きもされない存在。「玄界灘は良質なヤリイカ(剣先イカ)が獲れる日本有数の漁場ですが、呼子の漁師にとってイカは釣りのエサ。大量にいるため値段がつかないと思われていたし、船が墨で汚れるから積極的に獲っていませんでした。」

「イカを生きたまま味わえる活き造りにしてはどうか」、そう思い立った古賀さん。しかし非常に繊細で温度変化に弱いイカは、市場に出すと生きられません。そこで「生きたイカを直接、高値で買い取ります」と漁師に宣言して、獲ってきてもらうことにしました。さらに、どのように保存するか試行錯誤を繰り返した結果、大きな生簀に海水を循環させて、イカは船からそのまま店の生簀に入れ、最適な環境を作る方法を確立させました。猟師と店が協力することで、常に状態のいい新鮮なイカや活魚を提供できるようになったというわけです。

みんなで呼子を盛り上げていきたい

玄海でイカの活き造りを提供し始めると、お客さんはもちろん興味を持った飲食店の人も来るように。古賀さんは、活き造りの作り方を惜しみなく教えました。そのひとつ「河太郎」が「イカの活き造り」を定食にして800円で提供。それをきっかけに「活魚料理は高い」という当時のイメージが覆り、イカの活き造りが一般に広まるようになり、提供する店が少しずつ増えました。さらにイカしゅうまいなどの新商品も生まれて、「呼子=イカ」というイメージが全国に浸透していきました。
「自分の店だけ儲ければいいという発想はなく、みんなで呼子を盛り上げようという思いでやってきました。だからイカがあまり獲れないときは各店で情報を共有して、自分の店にイカがなかったら他店を紹介していますよ。」
そう話す古賀さんの横顔は穏やかで、地元への深い愛情に満ちていました。

時期によって3種類のイカを提供

さて、いよいよ「お魚処 玄海」の中へ。大きなのれんをくぐると、店内には大小15個もの生簀があり、まるで水族館のよう。イカをはじめエビやアジ、サバ、タイ、ウニ、アワビなどがいて、一気にテンションが上がります。

「玄海で食べられるイカは、時期によって3種類あります」と古賀さん。3月下旬から12月下旬は玄界灘で獲れる「剣先イカ」。呼子ではヤリイカと呼ばれ、寿命はわずか1年です。11月下旬から4月中旬は「アオリイカ」、1月下旬から3月末には「甲イカ」が獲れるため、1年を通してイカを味わえるのです。この日、生簀ではたくさんの剣先イカが悠々と泳いでいました。

活き造りは1分で完成!イカの天ぷらも絶品

「イカの活き造り」(2,160円)を注文しました。玄海は厨房内にもイカ専用の生簀があり、注文が入ると生簀からあげてすぐに調理します。「イカは人の体温や真水によって、歯ごたえやうまみが落ちてしまう。だから手の体温が伝わらないように手袋をして、できるだけイカに触れず素早くさばくのがおいしく仕上げるコツ」と古賀さん。その言葉通り、古賀さんはイカをまな板にのせ、鮮やかな手つきでイカをさばき、皿の上にのせました。完成まで、なんと1分足らず。皿の上では、つやつやで透明なイカがまだぴくぴくと足を動かし、その美しさとみずみずしさはまるで芸術品のよう。

さっそく食べてみると、厚みのある身は歯ごたえがあり、噛めば噛むほど甘みが増していきます。あぁ、至福のひと口。確かに遠くからでも食べに来る価値は十分です。「最近は海外のお客さんも多いんですよ」と古賀さん。このおいしさは世界共通というわけです。

刺身を食べ終わったら、残りは天ぷらか塩焼き、煮つけにしてくれるということで、一番人気の天ぷらをお願いしました。いったん厨房にさげたイカは衣をつけ、たっぷりの油でサッと揚げます。揚げたてあつあつの天ぷらを、天つゆか塩につけていただきます。サクッと揚がった天ぷらはイカの身が柔らかく、新鮮なイカの甘みとうまみが口の中に広がります。これまで食べてきたイカの天ぷらのイメージをガラリと変える逸品。「刺身はもちろん、天ぷらを目当てにまた来たくなる」という人が多いというのもうなずけます。

繊細で環境の変化に弱いイカは、生きたまま長時間運ぶことが難しく、長きにわたって呼子や福岡でしか味わえなかった「イカの活き造り」。運搬技術の進歩により、近年は首都圏でも食べられるようになりましたが、やはり地元の呼子で味わうイカの活き造りは格別でした。

お魚処 玄海
住所:佐賀県唐津市呼子町殿ノ浦508-3
TEL:0955-82-3913
営業時間:11:00~20:00、火曜・12/30・1/2・1/3は11:00~16:00
休み:12/31・1/1
www.yobuko-genkai.co.jp/

Writer
佐々木恵美
Photographer
窪田司
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